佐藤 孝雄 教授
動物考古学・民族考古学
人と自然の関係史を読み解くために、遺跡から出土する動物骨や貝殻の同定・観察・分析に取り組む動物考古学という分野を専門としています。分かち難く絡み合う人の営為と自然の営力を包括的に捉え、第四紀の歴史を通観することに努めつつ、これまで北海道や本州北部、シベリア、ベトナムなどでフィールドワークを重ねてきました。一般に考古学者の研究対象としてイメージされがちな土器や石器といった人工遺物の場合、製作・使用された時期や地域が限定されるのに対して、動植物の遺体は初期人類が暮らした700万年前から現代に至るまであらゆる時代・地域の遺跡から出土します。それだけに、これを取り扱う環境考古学者が対象とする時代の幅は決然と広くなる傾向にあります。かくいう私も数万年前の旧石器時代から近現代に至るまで様々な時代の資料を対象に研究を行なってきました。特に北海道において、近現代の資料を扱う中、先住民アイヌの方々と協業した経験は、歴史や文化財は誰のものかという現代的問いの探究にもつながっています。
北海道アイヌの熊送り儀礼に関する動物考古学的研究
ユーラシア大陸から北米大陸にかけて、野生陸獣の中でもことのほか広い生息域をもつヒグマ。その域内に暮らした先住民は、ほぼ例外なくヒグマを信仰し、自ら獲得した個体に儀礼を行う慣習を受け継いできました。その中でも、アムール川流域、サハリン、北海道に暮らした先住民には、特異的に数年間飼育した仔グマを対象に盛大かつ荘重な儀礼を行う慣習が発達してきたことが知られています。わけても北海道アイヌが行なった飼グマ儀礼(イオマンテ)はその規模と経費の大きさから「アイヌ文化の中核をなす儀礼」とも言われてきました。遺跡から出土するヒグマ遺体の研究に取り組むなか、この儀礼の発達過程を考古学的に探究することは私のライフワークともなっています。
地域絶滅したニホンオオヤマネコの学際的調査・研究
かつて日本列島に生息した大型ネコ科動物のうちトラやヒョウが更新世末期に姿を消すなか、オオヤマネコは完新世まで地域絶滅を免れ、縄文時代晩期まで生息したことが知られます。一般にオオヤマネコは最終氷期の最寒冷期にマンマス動物群の一構成種として日本列島に生息域を広げたと考えられていますが、同構成種群の中でもとりわけ南まで遺体の出土が確認されています。それだけに、そのポピュレーション・ヒストリーにはなお再検討の余地があるといわざるを得ません。幸いにも慶應義塾大学を中心とするチームが年来発掘調査を重ねた青森県尻労安倍洞窟からは、縄文時代の同種遺体が最小2個体分総計70点以上と他に類をみないほど多量に出土しました。そこで、これを契機に、考古学・アーキオメトリー・分子進化学に跨る領域横断的な調査・研究チームを組織し、目下列島規模でオオヤマネコの遺体のC14年代測定やCN安定同位体分析、ゲノム解析を進め、同種の系統・生態・絶滅要因の解明に取り組んでいます。